DVD祭(鑑賞記録):「第9地区」

・「第9地区

誰もが驚いた 宇宙船が マンハッタン ワシントン シカゴではなく ヨハネスブルクの真上に現れるなんて


第9地区 [DVD]

ずっと観たかったんだけど、予想以上に素晴らしかった。今まで観たどんな映画とも違う観ごたえに驚嘆した。

エイリアンが出てくるSFなのに社会派、社会派なのにSF。アパルトヘイト南アフリカ、ナイジェリアなど他の民族対立なんかもモチーフになっていて、「異なる他者」の受入とか、「“人間”と定義されていないものの生存権」とか、そういうメタファーが何層にもなってる。

こういうテーマを取り上げるにあたって,舞台がヨハネスブルグであることも意味深い。冒頭、「世界が驚いた。その飛行体がニューヨークでもロサンジェルスでもシカゴでもなく、南アフリカヨハネスブルグに訪れたことに」(記憶うろ覚え)、というナレーションは象徴的だ。エイリアンが地球にやってくる、その「地球」とはどこか?と考えたとき、よく批判されるアメリカ中心主義だけれど、この作品はそれをヒステリックに言葉で批判するのではなく、他の場所を舞台にしたら、こんなにも面白い作品ができたよ、という形で示しているのがかっこいい。この作品には「ヨハネスブルグだからこそ」のディテールや景観が詰め込まれている。非常に場所コンシャスな作品だから、いずれ講義で取り上げたい。

こういうふうに書くと難しい映画のように思われてしまうかもしれないけど、エンターテイメントとしても十分に楽しめる物語,演出になっていて、ドキュメンタリーとドラマの撮影手法のバランスも良い。主人公が無駄にヒロイックじゃないところも新しい。主人公は、作品中盤まで「小役人」的な小心さと傲慢さに満ちた人間として描かれている。終盤になって立場が変わっても、彼の自己中心的な性格がときどき顔を出すのも面白い。こういう人物造形や先に書いた南アという舞台設定は、ドキュメンタリータッチの撮影技法とあいまって、このSF作品に奇妙なリアリティを与えている。

監督解説版で、しきりに「ハリウッド的にしたくはなかった」と監督自身が述べているのが印象的だった。第三世界の最近ヒットした映画といえば「スラムドッグ・ミリオネア」があるけれど、あれはどちらかというとハリウッド的枠組でインドという場所を描いたらどうなるか、という作品だったような気がする。確かに面白かったし描かれるインドの生活は衝撃的だったのだけれど。それに対してこの「第9地区」は、(もちろん完全にというわけではないけれど)、演出脚本舞台設定すべてにおいて全く新しいものを観た、という感触がした。