【備忘録】ままごと「朝がある 弾き語りTOUR」大阪FOLK old book store

「すべてかさねひびけ はなればなれわかれ いつまでもどこまでも ここにある ひかりのおと」(ままごと『朝がある 弾き語りTOUR』、2013年、大阪FOLK)

太宰治『女生徒』をモチーフに、女学生と「僕」の朝の一瞬を、言葉と音で「弾き語る」試み。前作「テトラポット」がストレートプレイだったのに対し、本作に明確なストーリーはなく役者の台詞、歌、動き、電子音で朝の一瞬を切り取る実験色の濃い作品。男性俳優の一人芝居で、存在しない女生徒の朝の一瞬を俳優が説明する。時々、俳優が「休憩します」と言って雑談(MC)の体をとりながら自分自身の朝を語る。俳優(「僕」)の雑談する「朝」は、言葉遊びと反復に重ねられ、そこに存在しない女生徒の朝と接続していく。

興味深いと思ったのは、「ド、レ、ミ、・・・」の音階が、ドイツ語では「ツェー、デー、エー、・・・」、日本語では「は、に、ほ、・・・」と呼ばれることを利用して、台詞に音階を与えた演出。朝の一瞬の風景を切り取る役者の台詞(子音や母音)に音が与えられることで、台詞と連動した音楽(らしきもの)が生まれる。メロディアスな電子音と、「僕/わたし」「今ここ」から「宇宙」までのスケールを行き来するリリカルな台詞に、柴氏作詞作曲の歌も加えられた。柴氏本人による生演奏が拝めるのも、この作家の「ファン」には嬉しいポイント。

ただ、遠近法とリフレインの多用がくどい感じになっていたのと、「休憩」がはさまれることで流れがぶつ切りにされることにもったいなさを感じたのは事実。反復が効くのは、疾走感のなかで畳み掛けるようにそれが発されるか、観客が忘れた頃に意外な組み合わせでそれが発されるかどちらかで、特にBGMとしてのメロディがあると没入しやすいのだが、今作ではそのいずれも寸止めのような形で終わっていた。「かけがえのない一瞬(切り取られた/固まった時間)」の描写が今作のポイントのようなので、このような流れの切り方も計算のうちかもしれないが、成功しているようには思えなかった。

小さな会場で演出家・役者や関係者との距離が近く、開演前・終演後にも飲み物片手に知り合い同士話し込んでいる雰囲気は、「公演」というよりは「演劇イベント」に近い。リラックスした雰囲気で、古書店という空間、奏でられる言葉や音を眺めるひとときとして楽しむには良いのでは。作品自体は「実験」の域だと思うけど、柴作品の行方を追いたい人や、新しい演出の試行錯誤に立ち会いたい人は体験しても悪くないと思います。