転々

転々 プレミアム・エディション [DVD]

高校以来の友Rっちに薦められて,映画「転々」を観てきました.監督は,人気ドラマ「時効警察」の監督,三木聡.主演はオダギリジョー三浦友和

いやー,良かった.基本的に,かるーいタッチの小ネタ満載映画だと思ってもらえればいいんですが,そのかるーいタッチのエピソードが積み重なって,笑いながらも切なくて,確かに心の中に何かが残る作品です.エンディング曲(これがまた泣けてくるほど良い)を聴きながら,「この良さはどうやって説明できるだろう」と考えたのだけど,館内が明るくなって隣のRっちに言えた言葉は,「ありがとう!すっごい良い映画だね!」のみでした.良い映画は,感想がすぐに言えないのです.

後から考えると私は,この映画に2つの事を考えていて,一つは「儚く短いけれど,それだからこそ家族の風景は幸福だ」という事で,もう一つは「やっぱり私は東京が好きだな」という事でした.

●儚く短いけれど,それだからこそ家族の風景は幸福だ
物語の後半で,いわゆる典型的な家族を経験したことのない主人公が,同じく息子を亡くした借金取りやその友達と「家族のフリ」をしなければならなくなるんだけど,いかにもわざとらしい幸福な家族を演じる事を主人公は楽しんでいて,「何となく,大袈裟にしたくなった」というセリフを言うんだけど,そういう気持ちはとてもよく分かって切なくて,でも主人公が「家族」をやれて良かったな,とも思った.

家族を演じるという事は,しばしば良くない事のように描かれて,実際に「そうしなければ家族が不幸になってしまう」という危機感や義務感に裏打ちされた演技はしんどいものだと思うけど,「これは本当でも永遠でもなくて,それでも自分は『家族』を楽しもう」と思ってやる家族の演技というのは,切なくも幸福な風景なんじゃないかなと思ったりした.本当の父子のフリをして乗るジェットコースターのシーンは圧巻.

●西から東へ美しい東京の風景
もう一つは,東京の風景の事.吉祥寺から霞ヶ関まで散歩する,という設定の映画なので,観光地ではない,私の知っている東京の町並みが観られて楽しい.井の頭公園に始まって,住宅街や細い道やネオンや商店街やビジネスホテルや,東京の街の多面的な魅力を最大限に引き出してくれる映像に,「ほんと,私は東京が好きだな.秋の東京がきれいで好きだな」と,すっかり感じ入ってしまった.

もちろん,今まで住んだことのない土地の映画でも,街並みや風景の美しさに「きれいだな」ぐらいは思うけど,この映画の場合,住んでいる人間でなければ実感として得られないような「きれいでほっとする場所もあるし,汚くて人が多くてうんざりするのに何となく心惹かれる場所もあるし,全部ひっくるめて一言ではうまく言えない東京の魅力」を描いている気がするのです.もちろんそれは,私が今実際に東京の事が好きだからそう思えるのだろうけれど,普段はそんな自分の気持ちを実感したりはしないから,この映画をみて自分の心を映し出されたような気がして,何となく嬉しかったのでした.自分が何かを好きなのだ,と知ることは楽しい.

家族も東京も,私にはそこでの体験がとても儚くて,いつまでもは続かない,一瞬一瞬を大事にしたいような物だから,その2つを描いてくれるこの映画が心に残ったのかもしれません.

もちろん,そんな私の個人的な事情を差し引いても,8割ぐらいは「ふふふ」と笑えて,最後にじーんと心に染みる,上質映画です.笑わせるところも,じーんとさせるところも,潔くテンポが良くて,押しつけがましくない.音楽もいいです.一つ難を言わせてもらえば,途中で麻生久美子(「時効警察」でオダギリと組んでた)が警官役で出たのは蛇足だったなぁ.麻生久美子は好きなんですけどね,出し方がイマイチ内輪受け狙いで.

強調しておきたいのは,三浦友和の俳優としての懐の深さと,石原良純の役どころ.三浦友和,二枚目ダンディ俳優のイメージしかなかったが,今回の映画でかなり見直した.良純さんは,映画の中盤,きわめて重要な場面で出てきます.あの良純があんな役で!良純ファンなら必見です.ぜひ!