平田オリザ「東京ノート」@こまばアゴラ劇場
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平田オリザの代表作の一つ。1994年初演、1995年第39回岸田戯曲賞受賞。
9ヶ国語に翻訳され、15カ国にわたる世界ツアー公演も行われている。
舞台は2004年の東京の美術館のロビー。
ここで出会う多くの人々のさりげなく、一見とりとめのない、
時にはダブって進行する会話が劇をゆっくりと織りあげていく。
清潔なタッチの細密画のような舞台だ。
(扇田昭彦 朝日新聞1994.5.25)
『東京ノート』沈黙の帝国
フィスバックと平田に共通するもの、
それは間違いなく沈黙を響かせるこの技量だろう。
(仏『リベラシオン』2000.2.1)
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えー。下に感想を書いてはみたものの、
案の定、稚拙きわまりない感想文になってしまいました・・・。
これでは興味をそそられない方も多いと思いますけど、
これは本当に、一度、ぜひとも観にいってほしいです。
特に小津安二郎的な雰囲気が好きな方には、強く激しくオススメ。
学生なら2500円で観ることができます。一般でも3500円。激安です。
まだ若干空席あるようですので、ご都合つく方は是非→空席情報
5月14日までやってます。
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平田オリザという脚本・演出家は、演劇界でもかなりの有名人。
日本的なコミュニケーションを重視した「現代口語演劇理論」提唱者で、
90年代以降の「静かな演劇」と呼ばれる新しい演劇様式で、注目され続けています。
平田オリザのことは高校時代から知っていましたが、
新しい演劇理論の提唱者、ということで何か難しそうなイメージが。
縁あって今回初めて「東京ノート」を観ましたが、
確かにこれは、間違いなく傑作だなと思いました。
感動的な決め台詞は何一つなく、劇的な音楽も照明も一切なく、
逆に、だからこそ、人の琴線を震わせてしまう、
平田オリザの手腕と役者の技量に感動。
うまく書けないのが悔しいけど、本当に良い作品については、多くを語れない。
こういう作品が観られる東京に住んでいて良かった、と心底思いました。
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圧巻はやはり、この会話劇の軸になっている、普段は遠く離れている家族の物語。
家族という存在の寂しさと嬉しさ、
それが抑制された表現で、じわじわとこちらの想像力に訴えかけてきて、
ラストシーンでは涙が出てしまいました。
それは、流してしまって気持ちの良い、分かりやすい涙ではなくて、
これで涙が出てしまう私とは何だろう、と考えてしまうような、
ややストイックな感じのする涙なのですが、
客席が明るくなると爽やかな後味に変わるのは、不思議な感動でした。
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この作品がこれほどの傑作に仕上がっているのは、
当然のことながら、その演劇様式の新しさにも理由があります。
演劇のお約束だった台詞による説明や劇的な演出を極限まで排除し、
日常そのものを切り取ってきたような空間に仕上げることで、
役者の抑制された演技はかえって観客の想像力を刺激し、
どこまでも広がる作品世界を可能にしたのです。
例えば、外見的な演劇様式の新しさとしては、
「ときには聞き取れないような小さい声でしゃべる」
「複数の会話が同時に進行する」「役者が観客に背を向けてしゃべる」等があります。
普通の演劇のお約束としては、
舞台上に複数のグループがいてそれぞれが喋っているという場面でも、
ストーリーに関係のないグループは口パクで喋る演技をしたり、
そもそも黙っているように展開をもってくのが普通です。
ドラマなんかのエキストラも同じですよね。
それがこの舞台では、複数のグループが同時に喋っていて、
客席からは両方の会話が聞き取れない時間が結構あります。
これって、通常の演劇からしても、またテレビドラマと比べてもかなり衝撃的で、
最初は「わー、聞こえない、どうしよう」と混乱するんだけど、
慣れてくると、「全部聞こえなくても雰囲気は分かる」と身をゆだねられるようになります。
会話の断片の積み重ねで作品全体が成立してしまう脚本の妙。
詳しいことは専門の評論家の方にまかせるとしても、
きっとこれは脚本家の緻密な計算と構成力、
さらには「演技っぽくない演技」を演じられる役者がいないと無理ですよね。
ほんと、すごいもんを観させてもらいました。
余談ですが、役者の演技のナチュラル加減にびっくり、という話。
この劇場は客席と舞台が一続きで、
客席に入るときに舞台の一角を通るような形になるんです。
開演前に舞台セット(美術館の休憩用ベンチ)に腰掛けてる人がいて、
一瞬、「あー、あの人まちがえてあそこに座っちゃったよ」
などと思ってしまったのですが、よくよく見たら役者さんでした。
(係の人も注意しないし、手には美術館のパンフ持ってるし)
開演前からすでに、演技が始まっていたわけですね。
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ただ、抑揚のない会話劇を退屈に感じる人もいるかもしれません。
聞き取りやすい台詞回しではないので、それなりに集中力も必要ですし。
私の隣の、「ザ・無骨」みたいな男子は、前半、寝ちゃってました。
しかも寝てるだけならいいんですけど、10秒ごとにハッと目を覚まし、
眠気を覚ますために手の運動をしたり、ズボンをグイグイはいてみたり、
袖をまくってみたり首をかいてみたり、足をブーラブラさせてみたり、
落ち着きがないったらない。
私もその男子の衣擦れの音に集中力をそがれて、
「こんの、脳みそ筋肉男が」などと心中穏やかではありませんでした。
でも物語が進むにつれ舞台に引き込まれて、後半は全く気にならなくなりました。
その男子も引き込まれたのか、本格的に寝てしまったのか知りませんが、
彼の動きが気になってしまった私も、前半は集中できていなかったのでしょう。
いずれにしても、特に前半は、単調な日常描写を見続ける集中力が必要です。
まぁ身を委ねていれば、自然に引き込まれるんで大丈夫だとは思いますが。
そんなわけで、星5つ。観てよかったです。
★★★★★