鑑賞記録:「半落ち」

あなたには、守りたいものがありませんか?
<あらすじ>現役警察官の梶という男が妻殺しを自供。ところが、彼が殺人を犯してから3日目に自供してきたことが問題になる。なぜすぐ出頭しなかったのか。梶は空白の2日間のことをいっさい語ろうとしなかった…。(amazonより)

半落ち [DVD]

●「生」と「守りたいこと」を軸に重層的に織りなされたとにかく泣ける作品
いまさらながら、「半落ち」観る。正直あまり期待はしてなくて、ちょっと前に話題になってたから観てみるか程度の気持ちで観はじめました。オープニングは地味だし、柴田恭平が刑事役なので「あぶない刑事www」などと思っちゃったり。しかし静かな展開ながらじわじわと目が離せなくなり、最後は号泣。なんだこれ。確かに名作だわ。

泣ける映画とか言うと、薄っぺらなお涙頂戴モノを想像されてしまうと思うので、「泣ける」とは書きたくなかったのだけど、声を大にして言いたい、そういう薄っぺらな「泣ける系」とは違うんです!と。

テーマがアルツハイマー病の妻から「殺して」と懇願された元警部の嘱託殺人で、骨髄移植の話なんかも絡んでくる、いわゆる「命」をテーマにした話。だからそれだけでドラマチックなわけですが、大切な命を失ってしまう悲しみだけを描いた作品ではないことが、この作品をより深い味わいにしたのではないかと思っています。

元警官の殺人事件と殺害後から自首までの空白の2日間の謎をめぐり、体面を気にする警察幹部や検事局、地方の新聞記者、社会派弁護士として名前を売りたい弁護士など、様々な立場に置かれた人が登場します。言うまでもなく、これらの組織や人々には「守りたいもの」がある。それは体面であったり家族であったり自分であったり、必ずしもご立派なものだけではないのだけど。結局、彼らが守りたいもののために、空白の2日間は謎のままに物語は進んでいくわけですが、映画最後に明かされる空白の2日間の理由とは、まさに、悲しみに満ちた主人公自身の最後の「守りたいもの」のためだった、という種が明かされます。

この構造をみて、この作品はアルツハイマー病の妻を殺した元警部の嘱託殺人という題材を使って、脳の機能を損なった人間(「魂がない」と表現されていたけど)の尊厳や命の重さを扱っていると同時に、平凡に生きる(そして平凡な野心や保身の気持ちを持つ)人々の「生」の喜びと哀しさをも描いたものであるなぁと思ったのでした。

よい映画というのは、観終わった後に整理されないたくさんのことを思い起こさせてくれる作品なのだと実感する映画です。


●俳優陣の演技が神
これも「神」とかいう安易な言葉を使うのはいかがかと思ったが、部分的に不自然なほどドラマチックな設定や音楽が挿入されるこの作品を白けることなくみせているのはやはり演技力だと思ったんで。

主人公を演じた寺尾聰は言うまでもなく、殺された妻の姉を演じた樹木希林は圧巻。ほかにも、柴田恭平はじめとする警察幹部も、ある意味お約束なハードボイルドな雰囲気を楽しめます。ただ、原田美枝子樹木希林が姉妹という設定はいささか無理があるのではないか、と思ってしまいましたが(苦笑)。

賛否両論の吉岡秀隆の演技については、悪くないと私は思いました。ただ、吉岡が出てきてからの脚本に難があるんじゃないかと。法廷で立ちあがって叫ぶ台詞はさすがにリアリティなさすぎですね。あのやり取りは必要だったんだろうか?と、ちょっと残念な気分に。

と、部分的に「ちょっとな・・・」という箇所があるとはいえ、それを差し引いてもあまりある俳優陣の好演でした。