NYLON100℃「東京月光魔曲」

ずいぶんレビューが遅くなってしまいました、年末に観に行ってきた「東京月光魔曲」。

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シアターコクーン09年・10年の年末年始を飾る本作は、活気と猥雑さに満ち溢れた震災後の昭和初期、モダン都市東京を舞台に、かの谷崎潤一郎氏も平伏すエロティシズム、名匠海野十三氏も驚愕する奇天烈さで描く、姉弟と探偵の胸躍る心理活劇!と銘打ち、日常と非日常、現実と非現実の相反した状態が同時に表すマジックリアリズムの世界を、KERA流のスパイスの効いたアレンジで祝祭的に鮮やかに描きだす。
シアターコクーンホームページより)
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いやー、素晴らしい完成度でした。さすがケラリーノ・サンドロビッチ。
セットにもお金かかってて見ごたえがあるし、しかも単にお金をかけただけじゃなく、東京の多面性を表現した効果的なセット。

瑛太松雪泰子も、観る前は、こう言っちゃなんですけど「この人たち舞台で演技とかできるの・・・?」などと一抹の不安を覚えていましたが、取り越し苦労でした。あてられた役も、それをこなす演技も悪くなかったし、あまりに美しい(絵になる)この二人の存在が、今回の作品の完成度をあげてましたね。冒頭のシーンでビルの屋上から大きな月をバックにこの二人が並んだオープニングの美しさといったら。お約束の構図ではあるんだけれど、その「絵」の完成度の高さに思わずうならされました。

今回の瑛太松雪泰子の使い方をみていて、こういうテレビの人って単に客を呼ぶための位置づけになりがちだけど(声や体の動きでは圧倒的に舞台の人に負けるから)、今回の作品を観て、なるほどこういう使い方もあるのだなーと面白かった。レトロで仰々しくてちょっといかがわしい(悪くやればインチキくさくなるような)今回の脚本、「素人レベル」の見た目の人がやれば安っぽくなりがちだけど、「完璧にきれいな見た目の」役者がやるとこんなにも違うんだな、と。

それぞれに美しくも影のある役どころが良かったですね。松雪泰子の「ばーか」にしびれ、瑛太に催眠術をかけられたい!と観劇しつつ悶え。この二人のファンではなかったのですが、かなり評価が上がってしまいました。

それから、もうこれは言わずもがなですが、大倉孝ニと犬山イヌコのコンビは鉄板ですね。安心感が違います。特に一幕の最終台詞の抜け感は圧巻。大倉さんでないと出せない名人芸。

推理劇の展開もまぁよくできてたし、途中に歌やダンスがあったり、音楽も照明もセットも華やかで、観終わったあと「やー、楽しかった!」と素直に言える。ちょっと考えさせたり苦い涙を誘ったりという部分がなかったり(そういう意味では物語の「深さ」はさほどない)、映像効果が少なかったり、普段の作品との若干の違いはあるものの、2009年最後を飾るにふさわしい華やかな完成度の高い作品です。ケラさんの都会的でスタイリッシュな感性が余すところなく発揮されていました。

ただ、観ながら違和感めいたものを感じたのが以下ニ点。

ひとつは、地方出身者の描き方。ケラさんは都会の人だよなぁ、とよくも悪くも思うのは、地方出身者が上京してきて感じる憧憬や嫉妬、故郷に対する劣等感や懐かしさ、馬鹿にしつつも自分の中には「地方」のDNAがしみついていることへの悔しさとか諦めとか、そういうドロドロした感じというのが、全く実感をもって表現されていない、ということ。

この作品のなかでも、兄弟で上京してきて挫折して故郷に帰る、というくだりがあります。役者がユースケ・サンタマリアだったっていうのもあるとは思いますが(しかし彼はとてもいい役者ですね!)、行動とか台詞が、「故郷に帰る人の行動や言葉って、こういうもんではないよね」と思ってしまったんですね。

東京で暮らす地方出身者のドロドロした感じといえば、やはり本谷有希子は泥臭く表現してくるなぁというのがあります。私は同じ地方出身者として(世代も本谷さんの方が近いというのもあるのかな)、やはり本谷さんの描き方にヒリヒリしたリアリティを感じますね。でもでも、こういう泥臭いヒリヒリするようなリアリティではない方向性で表現してくるのもケラさんの良さで、私が「都会の舞台はこうでなくては」と思ってしまうゆえんでもあるので、まったくOKなのですが。

もうひとつはとても瑣末なことですが、作品最後の方で、「今年も終わるのね、100年後の人たちは私たちのことをどう思うのかしら」というようなカフェ女給の台詞、違和感を感じましたね。近代化初期の人間とは、果たしてこんなことを思うものだろうか?100年後に自分たちの生活を未来の人がどう思うか、という発想自体が、すごく現代的な感覚な気がするのですが。つまり、時間の流れの感じ方自体が、現代と近代化初期の人たちでは全く違っていただろうって思うんですよね。そのへんが、何だか客に媚びた台詞だなーと思って、蛇足に感じました。でもこれもごくごく小さなこと。作品全体の良さに影響を及ぼすレベルの問題ではありません。

そんなわけで、今まで観たNYLON100℃の作品のなかでも、かなり満足度の高い作品でした。自分内ではほぼ100点です。オススメ。

しかし思えば、私がNYLONにはまったきっかけを作った作品も「犬は鎖につなぐべからず」で岸田作品だったし、私はケラさんの現代的な感性で、レトロな設定の作品をポップに仕立ててくれたものが好きなのかも。(もちろん、シャープさんフラットさんあたりも良かったですけどね。)