劇団、本谷有希子「来来来来来」

劇団、本谷有希子 第14回公演『来来来来来(ライライライライライ) 』作・演出 本谷有希子

■ 出演■りょう 佐津川愛美 松永玲子 羽鳥名美子 吉本菜穂子 木野花
■東京公演■本多劇場 2009年7月31日(金)〜8月16日(日)
■チケット■料金:5,800円(全席指定・税込) 

観てきました.本谷有希子の最新作.結論から言うと,とても満足です.これまで何作か本谷有希子を観続けてきて,「そろそろ次のフェーズに言ってほしいなぁ」と思っていたのですが,見事に次の展開を見せてくれました.

「そろそろ次のフェーズに」と思った前回の「幸せ最高〜」に関する記事はこちら→本谷有希子「幸せ最高ありがとうマジで!」 - ねこに、劇場。

●次の展開をみせてくれた本谷さん―「断絶」でも「依存」でもないコミュニケーション

これまでの彼女の作風は,「おかしい人」とそれを取り巻く「正常な人」の分かりあえなさを,セリフ回しの意外性とか「なにもそこまで」と思わせるような露悪的なキャラ設定で面白く仕立てていたということに尽きるのだけど,その枠組みだけでは早晩飽きられてしまうんじゃないか,飽きられないにしても新しいファンを獲得していくことは難しいんじゃないか,って思ってたわけです.「おかしい人」が本音を喋って,周囲の人と完全に断絶して開き直る.物語のメッセージは「他者と分かりあえない,それがどうした」なのです.痛快ではあるけれど,根本的な「救い」のようなものはなかった.

でも,今回の作品「来来来来来」では,物語の構造が今までとは根本的に異なっていたと感じています.まず,主役であるりょうは一見正常な人で,ちょっと「おかしい人」たちだらけの田舎にやってくる.しかも夫は結婚1か月で蒸発,理不尽な孤独と労働にさらされるわけです.しかし,中盤以降,正常に見えたりょうこそが本質的に「おかしい人」であることに観客は気づく.ここまでの構造も,今までの作品とは少し違っている.ただし,これまでの作品であれば「本当はおかしい人」であることがバレてしまったりょうが「だって仕方ないじゃない」と開き直るところで物語は終わったでしょう.

しかし,ここが最も重要なのですが,主人公のりょうは,狂人となった義母の手を自分の頭にそえることで(「ほめてくれる人を自ら作り出すことによって),他者と共に生きていこうと決意するのです.これは,「だって仕方ないじゃない」という断絶ではない.一方で,「私を理解しほめてくれるおばあちゃん」というのは,明らかに彼女自身が自分で偽造したのであり,彼女自身もそのことに自覚的なので,100%の他者への依存でもない.「狂った義母と分かりあえたわけではない.私を理解してくれる人がいるというのが幻想だと分かっていても,その人と共に生きていくことを私は選択する」というリアルな主体性.それを主人公自身が獲得した「救い」の瞬間とみることができると思うのです.

このエンディングを観て,私は「本谷さんはちゃんと次のフェーズに行ってくれたなぁ」と嬉しかったのでした.同じ作家の作品を観続けてきて,こうして「新しい展開」を目にすることができるのは最高に幸せな瞬間ですね.

それから,前回まで不満だった平板な舞台構成も,今回は奥行きと動きのある装置で楽しめました.このあたりの努力みたいなものも見えて嬉しかった.

●りょうの演技なしには今回の作品は語れない

今回の嬉しい誤算は,主演のりょうの演技力.正直,観る前には「りょうってちゃんと演技出来る人なの?」と全く期待してませんでしたが,いやはや舞台のほうがいいですね,この女優さん.

今回の作品を成立させるには,りょうの「抜け感のある演技」って不可欠だったと思うんですよ.コミュニケーションをばっさり切り離す断絶でもなく,主体性なき依存でもない,ある意味微妙な救いのエンディングだったと思うのですが,そこはあまりに自我が強そうな役者さんやあまりに女々しい感じの役者さんでは,うまく表現できなかったでしょう.

ハマり役だったし,テレビの人にありがちな棒立ちや浮ついた動きがなくて,さりげない演技がとてもうまかった.ちゃんと笑いもとってたし,単なるきれいなモデルさんじゃなかったんですねぇ.

脇役もいつもながら手堅く.松永玲子さんは「底意地の悪い年増の女」をやらせたら天下一品ですね.木野花も名演だったなぁ.失踪した夫に「謝りたい」という泣かせのシーン,うまいなぁとつくづく.羽鳥さん?も,自意識過剰な痛い高校生役,安定感ありますね.てか,こういうキャラを本谷さんは本当に上手に描くと思った.そして吉本さんのいつもながらの芸術的な間合い.笑わせていただきました.

●不満点,いくつか

ただ,注文もないわけではありません.

まず,オープニングから前半,インパクトが薄くて不満でした.冒頭の木野さんの登場,必要だったんだろうか?普通に,りょうが窓辺にたたずんでる静物画のようなシーンと暴力的な音楽のミスマッチで魅せるだけでもよかったのでは?開始後も暗転と転換が多くて,舞台に入り込むまでに時間がかかった.

それから,字幕が説明過多.特に松永さんが油に飛び込んだシーン,視覚的にあんなにきれいだったのに「孔雀の羽根はきれいじゃない」と書いたのは何のため?せっかくの美しいシーンが興ざめです.もし書くなら,「(こんなに残酷なことが起きてるのに)孔雀の羽根はきれいだった」と言わせた方が効果的な気がするんだけど.

あと,これは不満とまではいかないんだけど,主人公が抱えてる病気の部分,「ほめてほしい」という心理を狂った義母に独白するシーン,若干ベタかなぁと.でもあそこはエンディングにつながるすごく大事な場面だから,独白は必要だと思うんだけど,何かもう少しひねれないかなと.本谷さんならもっと洗練されたひねり方ができると思うんだけど.



でもまぁ,そういった不満点があったにしても,全体としては,とても素晴らしい作品でした.本谷さん,確実に積み上げてきていますよねぇ.これからも観続けたいと思います.