本谷有希子「遭難、」

2008-07-06

第10回鶴屋南北戯曲賞を最年少で受賞,また,岸田戯曲賞にノミネートされた作品でもあります.DVDで鑑賞.

松永玲子演じる主人公は,一見まともな女教師なのですが,実際には生徒の自殺を見過ごして,そのことに何の罪悪感も感じておらず,真相がバレそうになると周囲を悪者にしてでも自分を守ろうとする,ものっすごい自己中心的な人物です.

物語は,この「異常な」主人公に振り回される「善良な普通の」人々,という感じで進んでいくのですが,とにかくもう,本谷作品らしく,この主人公の自己中ぶりがものすごい.「他人の気持ちなんか分かるわけないし,自分が一番かわいくて何が悪い」「それに私がこんな性格になったのは周囲のせいだから,私だって被害者だ」という一貫した行動原理は痛快といってもいい程.

ただ,物語が進むにしたがって,そういう迷惑な主人公に振り回されている「善良な普通の」人々のほうがむしろ気持ち悪く見えてくるのが,この作品の真骨頂.確かに主人公の迷惑ぶりは疑いようもないんだけど,それを責めるために周囲がふりかざす「正義の論理」も,見ていて何だか気持ち悪い.中盤が若干グダグダした印象になるものの,物語全体を包む「笑えるけどなんだか恐い」演出は飽きさせないし,何といっても終幕の引き方がとても良い.主役を演じた松永玲子が最後に見せる表情は,色々なところで書かれているとおりの凄味があって,この上演のクオリティを3割増ぐらいにさせてるんじゃなかろうか.

本谷作品を嫌いな人たちが,「主人公に全く感情移入できないし,むしろ腹が立って仕方がなかった」といった感想をしばしば述べるのは,こういう人物描写のためなんだろうなぁと思います.本谷作品で描かれる「異常な」主人公たちは,自分のねじ曲がった性格や倫理的に正しくない行動を反省したりしないし,ましてや悩んだりもしない.実際にはむしろ自信満々にその性格と行動を貫いていく.物語が進むにつれ,そういう性格や行動が主人公にとって矛盾をもたらすことによって,一瞬主人公の生きざまは動揺にさらされるのだけど,最終的に「私が間違っていた.これからはまっとうな人間になる!」などというラストには絶対にならない.ちょっとしたマイナーチェンジはあるものの,「それでも私は私を変えられない」という諦めの中で,舞台の幕が下りる.だから,主人公の性格や行動に心底腹が立つ観客は,腹が立ったままに劇場を後にすることになる.そういう観客からしたら本谷作品は「なんかムカつく気分にさせられる芝居」ということになるんだろうなぁと思います.

まぁ私は,本谷作品で描かれる「迷惑な」主人公たちにそこまで腹が立たないし(自分だって異常で迷惑な面があると思うから,それがデフォルメされて描かれてると思えば笑える),それを最終的に「マイナーチェンジはありうるけど,そう簡単に変えられるもんでもない」というオチがわりと好みなので,今のところ本谷作品のファンなのですが,ずっと今のままの物語構造なのかなぁこれからどう発展させていくのかなぁ,と期待半分,不安半分なことを思ったりしています.

いずれにしても,この作品は文句なしに面白いんで,オススメです.